雑穀とは?起源や歴史からわかる世界の状況

雑穀とごはん

雑穀とは?

雑穀ごはん
雑穀とは、米や小麦以外の穀物を総称する言葉であり、あわ・ひえ・きび・モロコシ・そば・アマランサス・キヌア・大麦・はと麦などの種類があります。

また、赤米や黒米などの有色古代米を雑穀の仲間に含めることもあります。

穀物といえばイネ科が多いのですが、そばはタデ科・アマランサスはヒユ科・キヌアはほうれん草と同じアカザ科・大麦は麦の仲間、はと麦はじゅず玉の仲間と雑穀においては多様になっています。

実が小さくて、葉っぱがよく茂ってつやつやした実をたくさんつける穀物を英語でミレットといいますが、日本語に訳すと雑穀になります。

 
雑穀の特徴は、土壌や気候条件があまりよくないところでも育ち、病害虫に強く、安定した収穫量が見込め、長期保存が可能なことなどがあります。

昔から人間にとってとても大切な作物であり、昭和20年代まで雑穀は全国でつくられていましたが、戦後において食糧事情がよくなると、主食として食べられることが少なくなりました。

アジアのイネやヨーロッパの小麦・アメリカのトウモロコシの三大穀物を中心とした大規模な生産が始まると、栽培は急速に少なくなっていきました。

岩手県は日本一の雑穀の産地ですが、国内生産量は激減していて、今では約9割が輸入品ともいわれています。

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雑穀に含まれる微量成分とは?

和食
栄養素の中で3大栄養素といわれるものが、エネルギーを作り出すたんぱく質や脂質・炭水化物です。

現在、これらは満たされてきていて、摂りすぎとさえいわれていますが、その一方で、足りていない栄養素があります。

それは、エネルギー源にはならないけれど、からだの生理機能を調節するうえで欠かせないミネラルやビタミン類、そして食物繊維になります。

これらは食生活への配慮が足りないと不足しやすく、不足するとさまざまな生活習慣病の原因になります。

この現代人にたりない微量成分が、雑穀類にはバランスよく含まれています。

雑穀の起源

収穫
雑穀は、世界中のあらゆる地域で古代より栽培されていて、さまざまな種類がありますが、いずれもその起源はユーラシア、もしくはアフリカだと考えられています。

もっとも古い作物は中東地域の小麦や大麦であり、紀元前8000年~10000年前の遺跡から大量に発掘されています。

その他には、中国の黄河流域において紀元前2000~4000年前の遺跡からあわが出土していたり、朝鮮半島では、紀元前5~7世紀の遺跡からひえの種子が見つかっています。

 
稲においては、アジアで少なくとも紀元前4000~5000年前には栽培されていたみたいです。

稲の研究に比べ、雑穀類はこれまでほとんど研究がされておらず、詳しいことはよくわかっていません。

ただ、遺跡の出土品などから、稲より早い時期から栽培されていたということがわかっています。

雑穀の歴史

マヤ文明
人類が農耕を始めたのは、紀元前10000年前頃といわれています。

農耕は世界各地で始まり、人類は豊かな食料を確保して文明を築いていきました。

そのなかで、雑穀は稲や小麦・イモ類などとともに主食として文明を支え、農作物として適応性が高いことからさらに世界中に広がっていきました。

 
世界には、われわれ日本人が聞いたことも見たこともない雑穀が多く存在します。

世界で栽培されているイネ科穀物は33種類あり、イネ科作物である主穀や雑穀以外も含めれば100種類はあるといわれています。

 
インドやアフリカでは、乾燥によく耐える雑穀は今でも貴重な作物であり、主食のひとつになっています。

一方、ヨーロッパにおいては、パンを食べることが一般化してくると、しだいにパンに適したムギ類が穀物の主役になっていきました。

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雑穀の歴史(日本)

富士山
雑穀は、日本でも古くから食べられており、長きにわたって日本人の食生活を支えてきました。

5000年くらい昔の縄文時代の遺跡からは、ひえやシソ科のエゴマという作物のタネなどが見つかっています。

 
稲は温かい地方に適した作物であり、寒い地方では冷害といって夏の寒さで稲が実らない時もありました。

そんな時でも、ひえやあわはある程度収穫できたので、飢えをしのぐことができました。

このように雑穀は蓄えておけるので、食べものがないときの備えとしてつくっていたらしいです。

 
戦国時代においては、白米を口にできたのは一部の貴族や武士だけであり、庶民のお腹を満たしてきたのは雑穀でした。

米は年貢として殿様に収めることを強制されていたので、特別な行事の日に食べる特別なものでした。

江戸中期の頃になると、庶民でも江戸や大阪に住む裕福な人たちは日常的に白米を食べるようになりましたが、全人口の7割を占めた農民は、少量の米にひえやあわを混ぜたものを主食としていました。

これは、明治時代になっても変わることはなく、1940年代頃までは、米にあわやひえ・きびなどを混ぜた雑穀ごはんや、サツマイモやダイコンなどを混ぜて量を増やしたご飯が庶民の主食でした。

 
最近では、稲や麦が普及して雑穀に代わり主食になったので、あわやひえ・きびなどを見たこともないという人も多いと思います。

けれども、消費者の健康志向の高まりによって、自然食や伝統食などが見直されてきたので、現在は雑穀の需要も少し増えています。

雑穀の歴史(アジア)

ゴマはアジアで使われる
アジアでは、ひえやあわ・きびが多く栽培されていて、あわやきびは、おそらく中央アジアからインド西北部で紀元前5000年頃には栽培が始まったと考えられています。

そして、東アジアやヨーロッパの各地に栽培が広がり、黄河周辺やヨーロッパにおいて文明を支える重要な食料になりました。

 
紀元前2500年から4500年にかけての遺跡からは、あわの栽培跡や貯蔵穴が見つかっており、あわが当時の主要穀物であったとされています。

今でも、あわやきびはインド北西部から中国北部にかけて、食料や飼料として広く栽培されています。

 
ひえは、ひえ(ニホンビエ)とインドビエに分類されており、ニホンビエは日本や韓国など東アジアで起源し、インドビエはインドやパキスタンなどで起源したと考えられています。

また、はと麦はミャンマーからベトナム周辺で栽培が始まったとされていて、日本へは中国から江戸時代に薬用または食用として伝わっています。

現在、アジアでの雑穀生産の上位5カ国はインド・中国・パキスタン・ネパール・ミャンマーになっています。

雑穀の歴史(インド)

ゴマとインド
インドでは、インドビエ・サマイ・コド・コラリ・ライシャンが起源しましたが、他の地域にはほとんど伝わらず、定着もしませんでした。

それらは、今でもインドの穀物として栽培され続けており、インドビエ・サマイ・コドは主にインドでのみ栽培されています。

また、コラリ・ライシャンもごく限定された地域でのみ栽培されています。

その他、シコクビエやあわ・きびなどもインドにおいては重要な作物であり、食用や醸造用として栽培されています。

雑穀の歴史(アフリカ)

サバンナ
アフリカ大陸においては、アフリカ南西部のニジェール河流域が雑穀栽培の中心地であり、この付近でトウジンビエ・フォニオ・アフリカイネが栽培化されました。

このほか、テフもアフリカ北東部で起源したと考えられています。

 
トウジンビエは作物の中でもっとも乾燥に強いことから、現在もサヘル南の乾燥地帯やインド北西部などにおいて、重要な穀物として栽培されています。

サヘル流域では、紀元前3000年頃からモロコシが主要な作物であったと考えられていて、今もアフリカ全土で広く栽培が行われており、重要な食料源となっています。

紀元前2000年頃にはインド、その後中国など東アジアまで伝わり、コウリャン(高粱)と呼ばれています。

 
シコクビエも、紀元前3000年頃にはエチオピアなどで栽培されていたと考えられています。

現在も東アフリカおよびインドにおいては重要な穀物になっていて、モロコシと同じようにインドから中国や日本にも伝わりました。

現在、アフリカの雑穀生産の上位5カ国は、ナイジェリア・ニジェール・マリ・ブルキナファソ・ウガンダになっています。

雑穀の歴史(中南米)

ペルーのクスコ
紀元前2000年頃には、メキシコ北部でトウモロコシやアマランサスがつくられていました。

インカ帝国では、キヌアは重要な食料であり、現在でもアンデス山系でつくられています。

サウイは、メキシコ北西部が起源であり、比較的新しく栽培化された作物ですが、今はきわめて限定された地域でのみ見ることができます。

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